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取材記事

【サンプル】予約アプリを捨てて、電話に戻した美容室——常連の8割が「話したい」客だった

2026.09.02 約20分 取材日: 2026-08-28 場所: 東京都世田谷区・hair salon tocca
【サンプル】予約アプリを捨てて、電話に戻した美容室——常連の8割が「話したい」客だった
小田 真由

取材先

小田 真由

オーナー/hair salon tocca

美容室

https://example.com/

便利さを追いかけて導入した予約アプリを、2年で手放した。数字に表れない「来店前の会話」が、店の売上を支えていたことに気づいた小田さんの話。

※このページはデザイン確認用のサンプル記事です。登場する人物・企業・エピソードはすべて架空です。

予約アプリを導入して2年、hair salon toccaのオーナー小田真由さんはそれを手放した。新規のお客様は増えていたのに、なぜ数字に違和感を覚えたのか。「電話に戻す」という珍しい判断の裏にあった、客単価と会話の関係を聞いた。世田谷区の小さな美容室で、スタッフの退職という痛みも経て見えてきた話です。

創業経緯|19年勤めて、最後に見えたもの

都内2店舗での店長時代

――独立される前は、都内の店舗で店長をされていたそうですね。

小田:はい、美容師になって19年、そのうち10年近くを2つの店舗で店長として過ごしました。大きい店舗だったので、スタッフの管理や新人教育も任されていて、正直独立するイメージは持っていませんでした。

独立を決めた理由

――独立を考えたきっかけは。

小田:店長として数字を作ることには慣れていたんですが、あるとき、常連のお客様に「最近、真由さんの提案が減った気がする」と言われたんです。回転率を上げることばかり考えて、お客様一人ひとりの話を聞く時間を削っていた。それに気づいたとき、自分の店を持って、自分の速度でお客様と向き合いたいと思いました。

――その言葉を言われたとき、どう感じましたか。

小田:恥ずかしかったです。技術には自信がありましたが、その方が求めていたのは技術より「話を聞いてもらえること」だったんだと気づかされました。数字を追いかけているうちに、一番大事なところが抜け落ちていた。あの一言がなければ、今も同じ働き方を続けていたと思います。

2019年、世田谷での開業

――2019年に世田谷区で開業されました。当時の状況は。

小田:正直、資金はぎりぎりでした。物件探しも半年以上かかって、今の場所に決めたのも、駅から少し離れている分、家賃が抑えられたからです。スタッフは最初1人、今は4人になりました。開業して最初の半年は、常連さんゼロからのスタートで、正直不安の方が大きかったです。

――独立にあたって、前の店との違いで意識したことはありますか。

小田:席数をあえて減らしました。前の店は回転を重視して席数が多かったんですが、自分の店では一人のお客様にかける時間を優先したかった。カウンセリングの時間を長めに取れるように、最初から予約の間隔を空けて組む形にしました。効率だけを見れば非合理ですが、それが独立の目的そのものだったので、迷いはありませんでした。

――店名の「tocca」には、どんな思いを込めたのですか。

小田:イタリア語で「触れる」という意味の言葉から取りました。髪に触れる仕事であると同時に、お客様の暮らしにそっと触れるような距離感でいたいという思いです。開業前、内装を決める打ち合わせでこの名前を出したとき、初めて「自分の店になるんだ」という実感が湧いたのを覚えています。

――独立を決めたとき、周りの反応はどうでしたか。

小田:前の店の社長には、正直止められました。「店長として実績もあるのに、なぜ今」と。ただ、一番応援してくれたのは、当時アシスタントだった後輩でした。「真由さんの接客が好きで美容師を続けている」と言われて、その言葉に背中を押されました。今、その後輩とは別の店で働いていますが、時々近況を報告し合う仲です。

――開業資金は、どのように準備したのですか。

小田:それまでの貯金と、信用金庫からの融資でまかないました。物件の契約から内装工事まで、想定より費用がかさんで、開業時点で手元に残った現金はかなり心細い額でした。最初の数ヶ月は、正直生活費を切り詰めながらの経営でした。

――最初のお客様は、どうやって集めたのですか。

小田:前の店のお客様に、独立の挨拶状を送りました。お客様の情報を勝手に使うわけにはいかないので、前の店にきちんと確認を取った上で、個人的に交流のあった方だけに送る形です。そこから来てくれた10人ほどが、最初の常連さんになりました。今でもその方たちには、特別な感謝があります。

事業内容・強み|電話に戻した理由

アプリ導入で「話す」機会が消えた

――予約アプリを導入したのは、どんな理由でしたか。

小田:開業3年目くらいの時期です。周りの同業者がみんな導入していて、「電話を取る手間が減る」「新規客がネットから来る」という話を聞いて、うちも入れました。実際、導入した直後は新規のお客様が増えて、単純に嬉しかったです。

客単価2割減の正体

――そこから、どう違和感に気づいたのですか。

小田:1年経って、月ごとの数字を見返したときです。来店数は増えているのに、客単価が2割近く落ちていました。最初は季節的なものかと思ったんですが、翌年も同じ傾向が続いていて、これはアプリの影響だと気づきました。

――なぜ客単価が落ちたのでしょうか。

小田:アプリだと、お客様は画面に並んだメニューから自分で選んで予約します。「カットだけ」「カラーだけ」という単品予約が増えました。以前、電話で予約を受けていたときは、「最近、髪の傷みが気になる」といった会話から、トリートメントやケアの提案が自然にできていたんです。画面上のメニュー一覧には、そのやり取りが起きる余地がありませんでした。

――最初にその違和感に気づいたのは、どんな場面でしたか。

小田:スタッフが「最近、指名のお客様との会話が減った気がする」と言い出したのがきっかけです。売上の数字は悪くなかったので、私自身は気づいていませんでした。スタッフの実感の方が、数字より先に違和感を捉えていたんです。そこから月ごとの客単価を洗い直して、初めて2割の落ち込みに気づきました。

常連への聞き取りで分かったこと

――電話に戻すことに、不安はなかったですか。

小田:ありました。「今の若い人は電話をしない」というのは、業界でもよく言われることです。でも、実際にお客様アンケートを取ってみたら、常連さんの8割が「電話のほうが話せて安心する」と答えたんです。うちの客層は、30代から50代の方が中心で、じっくり相談しながら決めたい人が多い。アプリの便利さは、必ずしもうちの客層が求めているものではなかったんです。

「便利にする」と「うちに合う」は、同じ意味じゃなかった。それだけのことに、1年以上かかって気づきました。

――電話に戻して、実際にどう変わりましたか。

小田:予約の電話口で「最近どうですか」から会話が始まって、そこから提案ができるようになりました。半年ほどで客単価は元の水準近くまで戻り、むしろアプリ導入前より高くなった月もあります。新規のお客様は減りましたが、リピート率が上がったので、経営としては安定しました。

――アプリをやめると発表したとき、常連さんの反応はどうでしたか。

小田:「不便になるのでは」と心配された方もいましたが、多くは「やっと電話できるようになった」と喜んでくれました。実は、アプリの使い方が分からなくて予約を控えていた高齢のお客様が一定数いたことも、後から分かりました。便利さを追いかけたことで、逆に離れていたお客様がいたんです。

――印象に残っている、電話ならではの会話はありますか。

小田:あるお客様が、電話の予約で「最近、母を介護していて」と話してくれたことがあります。その日は施術中も無理に明るい話題を振らず、静かに過ごせるような接客に変えました。画面で予約が完結していたら、その事情には気づけなかったと思います。電話だからこそ拾える小さな変化が、提案の質を左右しています。

――逆に、電話の会話が難しいと感じることはありますか。

小田:忙しい方に、電話の時間そのものが負担になっていないか、いつも気にしています。用件だけ早く済ませたい方に長話をしてしまうと、逆効果です。声のトーンや相手の反応の速さから、今日はどのくらい話したい方なのかを見極めるようにしています。これも、マニュアル化しにくい部分です。

――その見極めは、どうやって身につけたのですか。

小田:正直、失敗の積み重ねです。急いでいる方に長々と話してしまって、次の予約が来なかったこともあります。その反省を一件ずつスタッフとも共有して、今の感覚に近づけてきました。今でも完璧に見極められているとは思っていません。

電話とクラウドカルテの両立

――全部を元の形に戻したわけではないんですよね。

小田:顧客カルテはクラウド管理のままにしています。施術前に、前回の会話メモや、使った薬剤の記録を見返せる。「お子さんの受験、どうでした?」と、前回の続きから会話を始められるのは、クラウド化のおかげです。電話で会話する部分と、記憶を補う部分を、はっきり分けたという感じです。

――スタッフの方々にも、この考え方は共有されていますか。

小田:はい。新人には、まず電話対応から教えます。最初は緊張して用件だけで終わってしまうんですが、慣れてくると「今日は暑いですね」の一言からお客様の様子を聞けるようになる。この一言が言えるかどうかで、その後の提案の質が変わるということを、時間をかけて伝えています。

――数字としては、リピート率以外にも変化はありましたか。

小田:キャンセル率も下がりました。電話で会話しながら予約を確定すると、お客様も「行きます」という気持ちが強くなるのか、無断キャンセルがほとんどなくなったんです。アプリのときは、簡単に予約が取れる分、簡単にキャンセルもされていました。数字だけ見ても、電話に戻した効果はいろいろな形で出ていると感じます。

――電話対応の教育は、具体的にどうやっているのですか。

小田:最初の1ヶ月は、私が電話を受けている横で聞いてもらいます。その後、実際に対応してもらって、終わったあとに「あの時、なぜあの質問をしたのか」を振り返る。マニュアルも作ってはいますが、質問例を並べるだけでは実際の会話にならないんです。結局、隣で聞いて、真似して、失敗しながら覚えるしかないと思っています。

――予約の電話が増えると、対応する人手の問題も出てきそうですが。

小田:そこは正直、悩みどころです。施術中は電話に出られないので、留守番電話とクラウドの予約フォームも併用しています。「話したい方は電話、急いでいる方はフォーム」と選べるようにして、両方の良さを活かす形に落ち着きました。完全に電話だけに戻したわけではないんです。

苦労した時期と乗り越え方|コロナ禍と、スタッフが辞めた年

開業3年目の資金繰り

――経営で一番苦しかった時期はいつですか。

小田:開業してすぐに感染症の流行があって、来店を控えるお客様が一定数いました。売上が3割ほど落ちた月もあります。ただ、それより苦しかったのは、開業4年目に、当時いた2人のスタッフのうち1人が辞めたことです。

――感染症の流行のときは、どう乗り切ったのですか。

小田:予約の間隔を空けて、席数をさらに減らして営業を続けました。売上は落ちましたが、常連さんが「今は無理しないで」と気遣ってくれたのが救いでした。ただ、この時期に一時的にオンラインでのカウンセリング予約を試したこともあります。結果的にはうちの客層には合わず、半年ほどでやめました。何でも試してみないと、合う合わないは分からないんだと学びました。

――資金面では、具体的にどんな対応をしましたか。

小田:給付金の申請書類を夜中に書いたり、支払いの一部を後ろ倒しにしてもらったり、できることは全部やりました。スタッフの給料だけは絶対に減らさないと決めていたので、自分の取り分を削って調整していました。あの時期を思い出すと、今でも胃が痛くなります。

スタッフの退職と向き合う

――どういう経緯だったのですか。

小田:正直に言うと、私が経営と現場の両方を抱え込みすぎていて、スタッフへの指導が後手になっていました。本人からは「このままここにいても、技術が伸びる気がしない」と言われました。何も言い返せませんでした。

――その言葉を受けて、最初にどう感じましたか。

小田:ショックというより、情けなさが大きかったです。お客様には「話を聞く」ことを大事にしていたのに、一番近くにいるスタッフの話を聞けていなかった。自分がやろうとしていたことと、実際にやっていたことのズレに気づかされました。

一人でお客様と向き合った期間

――そのあと、どう立て直したのですか。

小田:数ヶ月、私一人でカット、カラー、予約対応、経理まで全部やる時期がありました。正直、体力的にも限界に近かったです。ただ、その期間にお客様一人ひとりと向き合う時間が増えて、さっき話した「電話の会話」の大切さに、改めて気づけたのもこの時期でした。苦しい時期でしたが、今の店のやり方の原点になっています。

――体力的な限界を感じたとき、どうやって乗り切ったのですか。

小田:正直、乗り切れていない部分もありました。休みの日に起き上がれないこともありましたし、家族には心配をかけました。ただ、お客様が「今日は無理しないでね」と声をかけてくれるたびに、もう少し頑張ろうと思えたんです。一人で頑張ることの限界と、支えてくれる人のありがたさを、同時に知った時期でした。

――スタッフの育成方法は、そこから変わりましたか。

小田:週に1回、必ず1対1で話す時間を作るようにしました。技術のことだけでなく、お客様との会話で困っていることや、将来どうなりたいかも聞きます。当たり前のことですが、それを削っていたのが、辞められた原因だったので。今のスタッフ4人とは、この時間のおかげで信頼関係ができていると感じています。

――一人で店を回していた期間は、どれくらい続いたのですか。

小田:新しいスタッフが決まるまで、4ヶ月ほどです。当時は朝から晩まで一人で対応していて、正直、辞めようかと考えた日もありました。ただ、その期間に来てくれた常連さんたちが「大変そうだから、少し予約を空けようか」と気遣ってくれて。人に支えられているんだと、身をもって分かった時期でもあります。

――辞めたスタッフとは、今も関係はありますか。

小田:実は最近、食事に誘われて、当時の話を初めてゆっくり聞けました。「あの頃は自分も余裕がなかった」と言われて、私だけが悪かったわけではないんだと、少し気持ちが軽くなりました。今は別の店で働いているそうですが、あの経験がなければ、今の育成の仕組みは生まれていなかったと思います。

――その経験から、今のスタッフとの関わり方で、特に気をつけていることはありますか。

小田:「大丈夫?」と聞くだけで終わらせないようにしています。大抵の人は「大丈夫です」と答えてしまうので、代わりに「最近、お客様との会話で困ったことはあった?」のような、具体的な質問をするようにしました。抽象的な問いかけより、具体的な質問の方が、本音が出てきやすいと気づいたからです。

経営の課題・集客・採用|美容師の採用は「技術」より前に来るもの

今の課題は採用と定着

――今、経営で一番の課題は何ですか。

小田:採用と、採用した人の定着です。美容師は専門学校を出てすぐは給料も低く、辞めていく人が多い業界です。うちは4人という小さい規模なので、1人辞めるだけで店の雰囲気も回らなくなる。技術を教える前に、まず「ここで働き続けたいか」を感じてもらうことが大事だと思っています。

――給料面では、どのような工夫をされていますか。

小田:大きいサロンのような高い基本給は出せません。ただ、指名料や物販の還元率を明確にして、頑張った分がすぐ数字に見える仕組みにしています。加えて、電話でお客様と話す時間を評価の対象に入れました。カットの技術だけでなく、会話でお客様に満足してもらえたかも、給料の一部に反映させています。

――大手のチェーン店との競争は、感じることがありますか。

小田:価格ではまず勝てません。チェーン店は値段も分かりやすいですし、予約も取りやすい。うちが同じ土俵で戦っても仕方がないので、「話しながら決めたい人のための店」という立ち位置をはっきりさせています。人手不足も大手の方が資本力で対応できてしまうので、そこは正直厳しいと感じる部分です。

――近隣に新しい店ができることもあると思いますが、意識していますか。

小田:最近、近くに低価格のチェーン店ができました。正直、身構えましたが、うちのお客様が離れることはほとんどありませんでした。値段で選ぶ層と、会話を求める層は、そもそも違う場所を見ているんだと分かって、変に焦る必要はないと思えるようになりました。

集客は口コミと紹介が中心

――採用はどのようにされていますか。

小田:専門学校からの紹介と、SNSでの発信が半々くらいです。インスタグラムに、施術の様子だけでなく、スタッフ同士の休憩中のやり取りなども載せるようにしています。「技術がすごい店」より「働きやすそうな店」に見えることの方が、応募には効いている気がします。

――専門学校との関係は、どうやって作ってきたのですか。

小田:私自身が母校の非常勤講師を頼まれる機会があって、そこから在校生の見学を受け入れるようになりました。学校での評判は正直分かりませんが、見学に来た子が「電話で会話しながら提案するのが新鮮だった」と言ってくれたことがあって、今の店のやり方が採用の材料にもなっていると感じます。

――採用面接では、どんなことを重視していますか。

小田:技術のレベルより、人の話を聞くのが好きかどうかを見るようにしています。面接で「お客様との会話で好きな瞬間は?」と聞くと、答え方に差が出ます。技術は入ってからでも伸ばせますが、聞くことへの興味は、なかなか後から教えにくい部分だと、経験を通して感じています。

――集客、新規のお客様はどう獲得されていますか。

小田:今も一番多いのは、既存のお客様からの紹介です。電話予約に戻したことで、常連さんとの関係が深くなった分、紹介も増えたと感じます。インスタグラムからの新規も一定数ありますが、そこから来た方にも、初回のカウンセリングで電話と同じくらい時間をかけて話を聞くようにしています。

――紹介で来られるお客様は、既存のお客様と傾向が違いますか。

小田:驚くほど似ています。紹介してくれる方が「この人なら合うはず」と考えて連れてきてくれるので、最初から会話を大事にする店だと分かって来てくれる方が多いんです。広告を出して不特定多数を呼び込むより、紹介の輪の中で広がる方が、結果的にうちには合っていると感じています。

――紹介を増やすために、意識的にしていることはありますか。

小田:特別なキャンペーンはしていません。ただ、施術の最後に「今日はどうでしたか」と必ず聞くようにしています。満足してもらえたときの表情や言葉が、次の紹介につながっている気がします。紹介カードのような仕組みも一時期試しましたが、うちの客層には少し不自然で、今はやめています。

――口コミサイトへの評価は、気にしていますか。

小田:以前は数字が気になって、低い評価が付くと落ち込んでいました。でも、電話中心のやり方に変えてから、そもそも口コミサイト経由の新規が減ったので、以前より数字への一喜一憂は減りました。良くも悪くも、うちの経営はサイトの評価にあまり左右されなくなっています。気にする対象が、点数から常連さんの表情に変わったという感覚です。

AIとの距離感

――情報発信の部分で、AIやITはどう使っていますか。

小田:インスタグラムの投稿文を考えるときに、話した内容を整理してもらう形で使っています。文章を考える時間がなかなか取れないので、そこは助かっています。ただ、お客様への返信や、カウンセリングの内容は、必ず自分やスタッフが直接やります。そこを機械に任せたら、うちの店の意味がなくなると思っているので。

――予約管理やカルテのシステムにも、AIは関わっていますか。

小田:クラウドカルテのシステムに、簡単な要約機能がついていて、それは使っています。長い会話メモを、次回すぐ読み返せる短い要約にしてくれるので、施術前の準備時間が短縮されました。ただ、要約だけを読んで会話を再現しようとすると、どこか不自然になる。要約はあくまで記憶を補う道具で、実際の会話はその場でしか生まれないと思っています。

――今後、AIの活用を広げる予定はありますか。

小田:今のところ、これ以上広げる予定はありません。効率化できる部分は、正直もうほとんど手をつけています。これ以上進めると、お客様と接する時間そのものが減ってしまう気がして、そこは慎重にしたいと思っています。

――同業の経営者から、ITツールについて相談されることはありますか。

小田:「予約アプリをやめるかどうか迷っている」という相談は何度か受けました。うちの答えをそのまま渡すのではなく、「自分の店の客層に、何を聞いてみたか」を聞くようにしています。同じ美容室でも、駅前の店と住宅街の店では、お客様が求めるものが全然違うはずなので、そこは丁寧に確認してほしいと伝えています。

今後の展望|数字より、会話が続く店でいたい

店の未来を、スタッフに託す

――これから取り組みたいことは。

小田:スタッフがそれぞれ自分のお客様を持てるように育てたいです。今はまだ私宛の指名が多いので、他のスタッフにも「話したい」と思ってもらえるお客様との関係を作ってほしい。それができれば、店として長く続けられると思っています。

――店舗を増やす考えはありますか。

小田:今のところ、2店舗目は考えていません。電話で会話しながら提案するスタイルは、私がすべての予約を把握できる規模だからこそ成り立っている部分もあります。店を増やして目が届かなくなるより、今の場所で長く愛される店であることを優先したいです。

――お客様との関係で、今後さらに深めたいことはありますか。

小田:お子さんの成長や、ご家族の話など、施術以外の会話がどんどん増えています。将来的には、そうした常連さんの人生の節目に立ち会えるような店になりたいです。数字には表れませんが、それがこの仕事の一番の醍醐味だと思っています。

――スタッフの将来についても、何か考えていることはありますか。

小田:いつか、今のスタッフの誰かがこの店を引き継いでくれたら嬉しいです。まだ具体的な話はしていませんが、電話で会話しながら提案するというやり方を、自分の代だけで終わらせたくないという気持ちは強くなっています。焦らず、時間をかけて、その気持ちを伝えていきたいと思っています。

読者に伝えたいこと

――読者に伝えたいことはありますか。

小田:便利なツールを入れる前に、「今のお客様は何を求めているか」を一度立ち止まって聞いてほしいです。うちの場合はそれが「話したい」でした。他の店では違う答えが出ると思います。数字が良くなるはずのツールで、逆に何かを失っていないか、時々確認する時間を持つといいと思います。

取材を終えて

予約アプリという「便利」を手放す判断は、多くの店にとって簡単ではないはずだ。小田さんは客単価という数字の違和感から出発し、常連への聞き取りという地道な方法でその正体を突き止めた。電話という一見古いやり取りの中に、店の強みが隠れていたという話は、効率化を急ぐ現場ほど参考になるのではないかと感じた。スタッフの離職という痛みを経て、今の育成の形に行き着いたという流れも印象的だった。数字の裏にある「会話」を見失わなかったことが、この店を支えているのだと思う。

(取材・文:編集部/取材日:2026年8月28日)

小田 真由

取材先

小田 真由

オーナー/hair salon tocca

美容室

美容師歴19年。都内2店舗で店長を務めたのち、2019年に世田谷区で独立。スタッフ4名。

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