※このページはデザイン確認用のサンプル記事です。登場する人物・企業・エピソードはすべて架空です。
訪問看護は、一件の訪問が終わるごとに記録が発生する仕事だ。訪問看護ステーションひだまりの管理者、石川由紀さんは、この記録の時間を音声入力とAIで大きく減らした。ただし本人が取材中に何度も強調したのは、効率化そのものではなく「浮いた時間を利用者との会話に戻す」という一点だった。神奈川県内でステーションを運営する石川さんに、その経緯を聞いた。
創業経緯|病院で消えていく「その後」が気になった
病院で感じた違和感
――看護師になってから、訪問看護に移るまでの経緯を教えてください。
石川:看護師になって最初の15年は、総合病院の急性期病棟にいました。忙しい病棟で、患者さんが退院すると、その後の暮らしがどうなったか分からないまま次の患者さんに向き合う。それがずっと引っかかっていたんです。夜勤明けにふと「あの人、今どうしてるんだろう」と考えることが増えていきました。
退院された方が、実は家でうまく生活できていなかった、という話を後から聞くことが何度かありました。ある方は、退院後に薬の飲み方を間違えて再入院になったと聞いて、かなりショックを受けました。病院にいる間だけ元気にして送り出しても、それで終わりにしていいのかと感じるようになりました。当時の先輩に相談しても、「病棟の仕事はそこまでだから仕方ない」と言われるばかりで、自分だけがおかしなことを考えているのかと悩んだ時期もありました。
――当時は、訪問看護という選択肢をどう見ていましたか。
石川:正直、遠い存在でした。病棟の看護師からすると、訪問看護は「病院を辞めた人が行くところ」というイメージが少しあって、私自身もそう思っていた時期があります。今はその考えが恥ずかしいくらい変わりました。
転職を決める前に、知人の紹介で訪問看護に半日だけ同行させてもらったことがあります。そこで見た、利用者さんが看護師の訪問を心待ちにしている表情が、病棟では見たことのないものでした。あの半日がなければ、転職は決めていなかったと思います。
訪問看護という選択
――それで訪問看護に移られたのですか。
石川:はい。2017年に、今の職場である訪問看護ステーションひだまりに転職しました。当時はスタッフ4人の小さな事業所でした。家に伺うと、病院では見えなかったものが見えます。段差だらけの家で暮らしている方、家族が介護で疲れ切っている様子。病棟の中では気づけなかったことばかりでした。
最初の訪問で、ベッドの周りに薬の空き箱が何十個も溜まっている家を見たときは、言葉を失いました。病院では管理された環境で薬が出てきますが、家では本人や家族が管理しないといけない。その難しさを、現場に来て初めて実感しました。
――病院での経験は、訪問看護でどう役に立っていますか。
石川:急性期の経験があると、状態が急に悪くなったときの見分けが早くできます。訪問看護では、その場に医師がいないので、自分の判断で救急要請をするかどうかを決める場面もあります。病棟での経験がなければ、今のように落ち着いて判断できなかったと思います。逆に、家という環境の中でどう生活を支えるかという視点は、病院にいたときには持っていなかったものです。
入って数か月は、病院とのやり方の違いに戸惑うことばかりでした。病院では医師や他の看護師にすぐ相談できましたが、訪問先では自分一人で判断しないといけない場面が多い。電話で先輩に相談しながら乗り切った訪問も何度もあります。
管理者になるまで
――管理者になられたのはいつですか。
石川:2021年です。前の管理者が家庭の事情で退くことになり、私に声がかかりました。正直、現場が好きで管理の仕事はやりたくなかったんです。ただ、このステーションで働き続けたいなら、誰かが管理者にならないと事業所自体が続かない。それなら自分がやろうと決めました。
管理者になってからは、訪問件数を自分で調整して減らし、その分事務所での仕事に時間を割くようにしました。今でも月に何件かは自分で訪問に入っていて、現場感覚を失わないようにしています。管理者になったからといって現場を完全に離れると、スタッフの苦労が実感として分からなくなると思っているからです。
――管理者になって、一番驚いたことは何ですか。
石川:お金の話です。訪問看護は診療報酬や介護報酬の制度が複雑で、請求の仕組みを理解するだけで半年かかりました。現場にいたときは、制度の裏側をまったく意識していませんでした。管理者になって初めて、事業所を続けるためにどれだけの数字を見なければいけないかを知りました。
「その後」が気になる性分だったんだと思います。患者さんのその後も、事業所のその後も。
事業内容・強み|書く時間を、聞く時間に取り戻す
ステーションの体制
――現在の事業内容を教えてください。
石川:看護師8名、リハビリ職3名で、神奈川県内のエリアを回っています。利用者さんは60名くらいで、高齢の方が中心ですが、がんの終末期の方や、小児の在宅医療のお子さんも受け入れています。1日に1人あたり5〜6件訪問するのが標準です。
――他の訪問看護ステーションとの違いはどこにありますか。
石川:看取りに強いことだと思います。がんの終末期で、最後まで家にいたいという方を、これまでかなりの数お看取りしてきました。夜間や急変時の対応体制を、看護師同士でしっかり組んでいるので、家族から「何かあったらすぐ来てくれる」と思ってもらえている。それが紹介の理由になっています。
――看取りに力を入れるようになった、きっかけはありますか。
石川:転職してすぐの頃、担当していた利用者さんが自宅で最期を迎えたいと望んでいたのに、家族の不安が強くて結局は病院に戻ってしまったことがありました。本人が望んだ最期を支えられなかったことが、今も心に残っています。それ以来、家族の不安をどう減らせるかを、看取りのケースでは特に丁寧に考えるようになりました。
利用者との距離感で意識していること
――利用者さんやご家族との関わり方で、大切にしていることはありますか。
石川:「先回りしすぎない」ことです。訪問看護は家族の生活の中に入っていく仕事なので、良かれと思ってやったことが、実はその家のやり方を壊してしまうことがあります。掃除の仕方や、食事の作り方まで口を出したくなる場面もありますが、まずはその家のペースを観察するようにしています。
あるご家族に、最初の訪問で気づいたことを一度にたくさん指摘してしまい、後から「監視されているみたいで疲れる」と言われたことがあります。それ以来、伝えることは一度に一つか二つに絞るようにしています。
――スタッフにも、その距離感は教えているのですか。
石川:新人には、最初の数か月は先輩と一緒に訪問してもらい、先輩がどこまで踏み込んで、どこで引くかを見て覚えてもらいます。教科書的な正解はなくて、家庭ごとに正解が違うので、経験でしか身につかない部分だと思っています。
記録という「見えない仕事」
――記録業務について、詳しく教えてください。
石川:訪問看護は、1件訪問するごとに看護記録を書く義務があります。バイタルの数値、その日の様子、次回への引き継ぎ事項などです。以前は、1件30分の訪問に対して、記録に15分かかっていました。1日6件だと、記録だけで1時間半です。
移動時間の合間に書くしかないので、車の中で記録用のタブレットを膝に置いて書くスタッフもいました。信号待ちの間に少し書いて、また運転する。今思えば危険なことをさせていたと思います。事務所に戻ってからまとめて書くスタッフもいましたが、その場合は記憶が薄れて、細かい様子を書き漏らすこともありました。
一度、記録に集中していたスタッフの車が、駐車場で軽い接触事故を起こしたことがあります。幸い大きな事故ではありませんでしたが、報告を受けたとき、これは仕組みそのものを変えないといけないと強く感じました。個人の注意力に頼る対策では、いつか同じことが起きると思ったんです。事故を起こしたスタッフを責めるのではなく、「なぜ運転中に記録をしないといけない状況になったか」を全員で振り返る会議を開きました。そこで出た結論が、訪問直後に車内で声で記録を済ませてしまう、今の方法の原型になっています。
音声入力とAIで変えたこと
――どう変えたのですか。
石川:訪問が終わった直後、車に乗ってすぐ、その場で見たことをスタッフが声で話します。「血圧いくつ、むくみあり、ご本人はこう言っていた」というふうに。それをAIが看護記録の形式に自動で整えて、事務所に戻ったスタッフか私が内容を確認して確定します。1件あたりの記録時間は5分ほどになりました。
――音声で話すだけで、記録として使える文章になるのですか。
石川:完璧ではありません。医療用語が変換ミスされたり、話す順番がそのまま記録の順番になってしまったりするので、確認と手直しは必須です。ただ、ゼロから文章を組み立てる時間と、できているものを直す時間では、負担が全然違います。看護師は文章を書く訓練は受けていますが、書くことが得意な人ばかりではないので。
――記録の質は落ちていませんか。
石川:むしろ上がっている面もあります。以前は忙しいときほど記録が簡素になっていましたが、今は声で話すだけなので、忙しくても同じ密度で記録が残ります。ケアマネジャーへの報告書を作るときも、記録が詳しく残っているので助かっています。
訪問看護の経営の仕組み
――収入の仕組みは、どうなっているのですか。
石川:基本的には、訪問1件ごとに医療保険や介護保険から報酬が入る仕組みです。件数を積み重ねないと事業所として成り立たないので、どうしても件数と質のバランスが常に問われます。記録の時間を減らせたことで、無理に件数を絞らずに質を保てるようになったのは、経営面でも助かっている部分です。もし記録の負担がそのままだったら、いずれ訪問件数を減らすか、スタッフを増やせないまま無理を続けるかの二択になっていたと思います。
――経営者として、数字はどのくらい見ているのですか。
石川:月に一度、スタッフごとの訪問件数と残業時間を並べて見ています。件数が多いのに残業が少ないスタッフがいれば、そのやり方を他のスタッフにも共有する。逆に残業が多いスタッフがいれば、抱えている利用者さんの状況を一緒に見直します。数字は人を評価するためではなく、誰かが無理をしていないかを確認するために見ています。以前は感覚だけで「あの人は忙しそうだ」と判断していましたが、数字にしてみると、自分の感覚とずれていることも多くありました。見た目に元気そうなスタッフほど、実は一人で無理を抱え込んでいたりします。
印象に残っているエピソード
――記録を減らしたことで、印象に残っている出来事はありますか。
石川:ある利用者さんの訪問で、以前なら記録を書くことに気を取られて聞き逃していたかもしれない一言を、拾えたことがあります。「最近、夜中に何度も起きてしまう」という何気ない発言でした。記録の負担が減って、訪問の最後に少し余裕を持って話を聞けるようになっていたから拾えた言葉です。調べてみると薬の副作用の可能性があって、主治医に相談して調整してもらいました。その後、眠れるようになったとご本人から聞いたときは、この仕事をしていてよかったと心から思いました。こうした小さな成功体験が、記録を見直す取り組みを社内に定着させる後押しになりました。
記録の時間を削ったこと自体に価値があるわけじゃなくて、削った分で何を拾えるようになったか。そこに意味があると思っています。同じようなことが、他のスタッフからも報告として上がってくるようになりました。
あるスタッフは、利用者さんの飼っている猫の話を聞く時間ができたと言っていました。最初は雑談だと思っていたのですが、その猫の世話ができなくなってきたという話から、本人の体力の低下に気づけたそうです。記録の外にある会話にも、体調のヒントが隠れていることがよくあります。こうしたエピソードは、月に一度のスタッフミーティングで共有するようにしています。他の人の気づきを聞くことで、自分の訪問でも同じような小さな変化に気づけるようになる、という効果もあるようです。
別のケースでは、小児在宅のお子さんを担当しているスタッフが、記録の時間が減った分、お子さんの好きなアニメの話をするようになったそうです。医療的な会話だけでなく、子どもらしい会話ができる時間が増えたことで、訪問を怖がらなくなったと聞きました。効率化の効果は、数字には出にくいところにも表れていると感じています。
記録を早く終わらせることが目的だったら、この仕組みは長続きしなかったと思います。
苦労した時期と乗り越え方|車の中で記録を書いていた頃
管理者になった直後の壁
――管理者になってから、大変だった時期はありますか。
石川:2021年から2022年にかけてです。管理者になったばかりで、スタッフの負担を減らしたいのに、何を変えればいいのか分からない状態でした。とにかく人手を増やそうと採用を頑張っていたのですが、応募がほとんど来なくて、既存のスタッフの残業だけが増えていきました。管理者としての自分の力不足を、毎日感じていた時期です。前の管理者に電話で相談したこともありますが、「現場と管理は全然違う仕事だから、慣れるまで時間がかかる」と言われて、少し気持ちが軽くなったのを覚えています。
スタッフが辞めそうになった
――具体的な出来事はありましたか。
石川:ベテランのスタッフの一人が、「記録に追われて、この仕事を続けられる気がしない」と辞める相談をしてきたことがあります。彼女は利用者さんからの信頼も厚くて、辞めてほしくない人でした。話を聞くと、訪問と記録の両方に追われて、家に帰ってからも記録の続きをしている状態だったんです。子どもの学校行事にも行けなかったと聞いて、申し訳ない気持ちになりました。彼女とは面談の場ではなく、事務所で二人になったタイミングで、お茶を飲みながら話を聞きました。改まった場だと本音が出にくいと思ったので、あえて日常の中で話すようにしたんです。話を聞き終えたあと、すぐに答えを出さず、一晩考えてから翌日に自分の考えを伝えるようにしました。管理者としてすぐに解決策を示したい気持ちもありましたが、拙速に動いて的外れな対応をする方が怖いと思ったからです。
――そこからどう対応しましたか。
石川:最初は訪問件数を減らす方向で調整しようとしましたが、それだと事業所の収入が減って、結局は別の誰かにしわ寄せが行く。件数を減らすのではなく、記録そのものにかかる時間を減らす方向に発想を変えたのが、そのタイミングでした。音声入力とAIを試し始めたのは、まさにこの出来事がきっかけです。
導入時の反発
――新しい仕組みを入れるとき、反発はありましたか。
石川:ありました。「声で話すのが恥ずかしい」「機械に任せて大丈夫なのか」という声です。特にベテランのスタッフほど、自分の書き方に慣れているので抵抗がありました。最初の1か月は、私が率先して声で記録して、間違っていた部分をみんなの前で直して見せることを続けました。失敗しても大丈夫だという空気を作ることが、一番時間がかかった部分です。
個人情報を音声で扱うことへの不安もありました。導入前に、どのデータがどこに保存されるのかを一つひとつ確認して、スタッフ全員に説明する時間を設けました。ここを曖昧にしたまま進めていたら、信頼してもらえなかったと思います。利用者さんやご家族にも、記録に音声とAIを使っていることを説明した上で同意を取るようにしています。これまで断られたことはありませんが、説明を省略していい話ではないと思っています。
辞める相談をしてきたスタッフは、今も続けてくれています。彼女が最近「前より訪問が楽しい」と言ってくれたのが、この取り組みをやってよかったと思う一番の理由です。
人を減らさずに負担を減らす方法を、記録の外にも探すべきだと気づいたのが、あの一件でした。
経営の課題・集客・採用|「安心して働ける」を先に見せる
今、経営で一番の課題は何ですか
――今、経営で一番の課題は何ですか。
石川:人材の確保です。訪問看護は一人で判断する場面が多く、経験が必要な仕事なので、育成にも時間がかかります。利用者さんは増えているのに、それに見合うスタッフが増えていない。このバランスが崩れると、看取りの体制を維持できなくなるので、そこが一番怖いところです。
もう一つは、スタッフの年齢の偏りです。今の8人のうち半分が50代で、10年後を考えると、若い世代への引き継ぎを今から進めないといけません。ただ、訪問看護は経験がないと一人で現場に出せないので、育成のスピードが人手不足の解消に追いつかないジレンマがあります。
リハビリ職についても同じ悩みがあります。理学療法士や作業療法士は、病院やクリニックの方が条件が良いことも多く、訪問という働き方自体をまず知ってもらうところから始めないといけません。看護師とリハビリ職、それぞれ別の採用の難しさを抱えています。
集客・採用はどうされていますか
――集客・採用はどうされていますか。
石川:利用者さんの紹介は、ケアマネジャーや病院の地域連携室からがほとんどです。ここは長年の関係で成り立っている部分なので、大きくは変えていません。採用の方が課題で、看護師専門の求人サイトに載せても、訪問看護は「大変そう」という印象が先に立ってしまい、応募が集まりにくいです。病院で夜勤を続けることに限界を感じている看護師は多いはずなのに、訪問看護がその選択肢として十分に知られていないのも、もったいないと感じています。
去年から、求人ページに、記録業務をどう減らしているかを具体的に書くようにしました。件数や仕組みを正直に出すことで、「訪問看護は忙しすぎる」という漠然とした不安を、少しでも具体的な情報に変えたいと思ったんです。実際に応募してきた方から「記録の負担が減っている話を見て応募しました」と言われたことがあって、効果はあると感じています。
去年は求人を出しても応募が2件しかありませんでしたが、記録の仕組みを具体的に書き始めてからは、年間で6件まで増えました。件数としては小さいですが、訪問看護の採用市場の中では大きな変化だと感じています。
――採用面接で、特に伝えていることはありますか。
石川:看取りに関わる仕事なので、精神的にきつい場面があることは隠さずに伝えています。そこを先に伝えて、それでも来たいと言ってくれた方の方が、結果的に長く続いています。入ってから「思っていたのと違う」となるのが、一番お互いにとって良くないので。
面接では、実際に音声入力で記録を作る様子も見てもらうようにしています。百聞は一見にしかずで、話で説明するより、実際の作業を見てもらった方が、入社後のギャップがぐっと減ります。看取りの場面についても、可能な範囲で先輩スタッフから直接話をしてもらう時間を設けています。私が話すより、同じ立場のスタッフの言葉の方が、応募者には伝わりやすいようです。
Webや情報発信との付き合い方
――情報発信については、どう考えていますか。
石川:大きな広告は出していません。ホームページに、スタッフの一日の流れや、記録の仕組みについての記事を月に1本くらい載せています。文章を書くのはスタッフの負担になるので、話してもらった内容をAIに整えてもらって、私が最後に読んで直しています。
気をつけているのは、きれいごとだけを書かないことです。大変なことも正直に書いた方が、入ってから「思っていたのと違う」というギャップが減る。結果的に、長く続けてくれるスタッフが増えると思っています。AIを使っているという話も、記事の中で正直に書いています。隠すことでもないと思うので。取材や見学の申し込みが増えたのも、この情報発信を始めてからです。近隣の別の訪問看護ステーションから、仕組みについて聞かせてほしいと連絡をもらったこともあります。同業だからこそ話せることも多いので、できる範囲で共有するようにしています。ライバルという感覚より、地域全体で在宅医療を支えている仲間だという感覚の方が強いです。
今後の展望|聞く力を残すための効率化
――これから取り組みたいことは。
石川:記録以外の事務作業でも、同じように減らせる部分がないか探しています。請求業務や、スタッフの勤怠管理など、まだ手作業が多い部分が残っています。ただ、なんでも効率化すればいいとは思っていません。効率化して浮いた時間を、必ず「利用者さんと話す時間」に戻すという順番だけは、これからも変えたくないです。
――具体的な目標はありますか。
石川:2年後までに、新人でも一人で訪問に出られるまでの育成期間を、今より少し短くしたいと思っています。先輩たちの記録が積み重なっていけば、判断に迷ったときに参考にできる材料が増えるはずです。人を増やすだけでなく、育つ速さも上げていきたいです。同時に、育成を急ぎすぎて、判断の理由を考えずに手順だけ覚える看護師を増やしたくもないので、そのバランスは常に気をつけたいところです。
――他にやってみたいことはありますか。
石川:看取りのケースで感じた「もっとこうすればよかった」という反省を、どこかに記録として残していく仕組みを作りたいと思っています。1件1件の看取りは、二度と同じ形では来ません。でも、そこで得た気づきは、次のご家族と向き合うときの引き出しになる。今は各スタッフの中にしまわれているものを、無理のない範囲で共有できたらと考えています。5年後、10年後にステーションを引き継ぐ人が困らないように、今のうちに少しずつ形にしておきたいという思いもあります。記録の仕組みを整えたときと同じで、話すだけならスタッフの負担にならないので、AIを使って音声から書き起こす形を考えています。ただ、看取りの振り返りは感情的にも重い作業なので、無理にやらせるのではなく、話したい人が話せる場を作ることを優先したいです。
――読者の方に、ひとことお願いします。
石川:訪問看護に限らず、記録や事務作業に追われて、本来やりたかったことができていない現場は多いと思います。効率化の道具を入れる前に、「浮いた時間で何をしたいか」を決めておくことをお勧めします。そこが決まっていないと、結局また別の作業で埋まってしまうので。うちも記録を減らした直後は、その時間を別の事務作業に使ってしまいそうになった瞬間がありました。そこで一度立ち止まって、最初に決めた目的を思い出すようにしています。
取材を終えて
記録を減らすことは目的ではなく、聞く時間を取り戻すための手段だという石川さんの言葉が印象に残った。効率化の先に何を戻すかを、最初から言葉にしていた。それがスタッフの納得感につながり、辞めかけたスタッフを踏みとどまらせた理由でもあるのだろう。看取りの現場で「その後」を気にかけ続けてきた人だからこそ、効率化の使い道を見誤らなかったのだと感じた。事故という痛い出来事すら、仕組みを見直すきっかけに変えてしまう姿勢にも、管理者としての強さを見た気がした。
(取材・文:編集部/取材日:2026年6月10日)